書感

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「聖の青春」大崎喜生
勝つも地獄。負けるも地獄。

名人を目指した村山聖は29歳でこの世を去る。幼い頃からネフローゼに罹り、激しい痛みと戦ってきた村山さんに心を打たれました。

自分は長くは生きられないことを知っていて、一年でも無駄にすることはできない。どうしても名人になりたい。何故なら、それが生きる唯一の目標であり、生きる希望であるからです。

私は村山さんのような目標を持っていない。村山さんに比べたら日々を無駄に過ごしている気がしてなりません。



もしも健康のままだったら健全な体を感謝することなく生きていたし、身体障害者の事も遠い異国の人のように感じ、接する事なく終わっていたでしょう。

人間は常に主観的で、自分自身の痛みでしか他人の痛みを理解できません。

私は重い持病もなく健康そのものです。健康ではない方は正に遠い異国の話で、痛みは想像できても理解することはできません。

本の中で村上さんがいかに苦しいか書かれていても、どれくらい苦しいかは私には分かりません。それは当たり前ですが、同時に悲しいことです。

体験したことのない他人の苦しみは私には分からない。これは私の苦しさは他人には分からない場合が多いことを意味しているからです。

誰かの苦しみに同情し涙を流したとしても、その事実が悲しいからでありその苦しみそのものを理解したからではありません。

「ひどいわねえ・・・」と言っておしまいです。涙を流しても同情しても、それだけでは何の意味があるのでしょうか。



「聖の青春」の裏表紙には感動ノンフィクションと書かれています。しかし、私は感動することはありませんでした。村山さんや周囲の方への羨望と、自分自身への自戒の念が強く残りました。
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